そこには人が栄えていた。城下町までとはさすがにいかないが、それでもこの辺りでは最も人が多い街であることは間違いがない。
そこに、野兎と人鳥はいた。
ふたりとも、常時のしのび装束である…当然人目は引くが、ふたりのいた場所は街のはずれの位置であるので、人通りはそこまで多くない。まぁ、そもそもふたりは人目など気にしてすらいないのだが。


「あ、あああああのさん」


人の目は気にしていないといっても、やはり他人は気になるらしい。人鳥はびくびくとしながら、前を歩く野兎に声を掛けた。


「なーに、人鳥くん」


と呼ばれ、思わず声を荒げそうになった野兎だが、相手が人鳥であることを思い出して結局は何も言わなかった。


「どこまで、い、行くんですか」
「いや、ちょっとそこの茶屋まで」


野兎はそこから少し行ったところにある、一軒の茶屋を指差した。


「海亀さんと約束してんだよね。買っていかなきゃ」
「そ…そうなんですか」
「で、人鳥くんが私についてきた理由は?」


そう尋ねただけなのに、人鳥はまるで核心をつかれたかのようにびくっとより大きく身体を振るわせた。


「……」


そのまま何も言わなくなってしまった人鳥に、野兎はただ少しだけ、首を傾げた。
誘ったわけでもないのに、人鳥はここまで野兎についてきたのだ。その理由を訊けば黙ってしまう。それにも何か理由があるのかと思ったのだが、本人が答えてくれないのでは仕方がない。
そうして目的の茶屋に到着した野兎は、店番に団子を十本頼んだところで、そこにあった腰掛に腰を下ろした。人鳥もおずおずとそこに座る。
暫くは互いに口を開かなかった。かといって気まずい沈黙ではない。
なんというかこう、ほのぼのする。
野兎は自分の横に座る人鳥の頭に、手を置いた。いつもは撫でられる側であるのも、今日は逆だ。


「あー、久し振りに人鳥くんに会えて良かったよ。最近は濃いのばっかりだったから」
「こ、濃い…?」
「……ごめん、気にしなくていい」


野兎の言う『濃いの』とは、主に喰鮫や蝙蝠が含まれる。
自分の遭ったその数多の被害について、誰かに聞いて欲しいとは思っていたが、それを人鳥話すのはさすがにやめた。人鳥くんにあの変態のことなんか話せない。


「…さん」


また訪れた沈黙の中で、不意に人鳥が口を開く。
それはこののほほんとした状況で話すのとは、少々違った空気の話だった。


さんは、どうして、真庭忍軍に、来たんですか?」
「ん?んー…、どうしてだと思う?」
「…わ、わかりません」


そりゃそうだ。
野兎はそう思う。
今のところ、誰にもばれてはいない話なのだ。いや、ひとり、知っているか?それに、この前の鴛鴦も危なかった。
しかし、人鳥がそのようなことを尋ねてきた事実に、野兎は少しだけ驚いた。
だが、わからないわけでもない。野兎は真庭忍軍には途中から入ったに過ぎないのだ。生来より真庭忍軍だった人鳥が、何故野兎が自身の意志でそこに来たのかを不思議がるのも仕方がないと思う。


「…やっぱり、わかりません」
「あ、まだ考えてたんだ。うん、わからない、か」
「……でも、」


そして人鳥は言葉を繋ぐ。


「でも、さんは…、なんとなく…心酔してる感じが…します」
「心酔?」
「鳳凰さまに」
「――……」


なるほど、と、野兎はなによりもまずそう思った。
これが、真庭人鳥か、と。
鳳凰さんが一目置くのも頷けた。こんな可愛い形をして臆病ながらに、他人をよく視ている、と。


「ま、当たらずも遠からずってところかな」


にこりと笑いかけた野兎を見た人鳥が、急にあたふたとし出したところで。
店の奥から十本の団子が運ばれてくる。それを見た野兎は、店番に『もう一本追加で』と頼んだ。


「はい」


そして、皿の上にあった10本の団子のうちの一本を、人鳥へと差し出す。


「…え?」
「いいよ、あげる」


人鳥がその団子を受け取るまでにはかなりの時間を要した。やがておずおずと伸ばしてきた小さな手に、その団子を託したところで、野兎は再び人鳥の頭を撫でる。


「う、嬉しい…です」


人鳥の見せた無邪気な笑顔に、野兎も自分の顔が綻ぶのがわかった。
鴛鴦と野兎が姉妹なら、野兎と人鳥はまるで姉弟のようだった。
ついてこいとも言っていないのに此処までついてきたのはもしかすると、暫くは忙しくて私と会えなかったのが寂しかったのかな、そうだといいな、などと、野兎はなんとなく考えた。




09.02.07
10.04.09 加筆・修正