雑木林だった。
否、それは林という枠を超えているように見える。森と表現してしまっても何等差し支えはなさそうなほどの深さのある場所。
夜の闇も深くなってきた頃に、野兎はそこにいた。
ざくざくと木の枝や葉を掻き分けて、前へ前へと進んでゆく。


「うー…ない、なぁ…」


かれこれニ刻は経っただろうか。長時間同じような作業を続けているというのも中々疲れるもので、野兎はそろそろ痛くなってきた目頭を軽くつまんだ。


「うううどうしよう…。こないだの任務のときに落としちゃったのかな…見つかんない…」
「なーにしてんの、野兎ちゃん」
「うぎゃあうっ!!」


不意に掛けられた声に、野兎は誰の目にも明らかなように、飛び上がった。
びくびくしつつ彼女が後ろを向けば、そこに立っていたのは見知ったひとりの女の姿。


「狂犬ちゃ…ん…」
「いや、いくら何でもびびりすぎでしょ」


苦笑ではなく、ただ単純に可笑しいというように、狂犬は笑ってみせた。
一瞬でも、彼女にとっては此処にいる目的を忘れるほどの驚きだった。
大分心臓も落ち着いてきた野兎が笑みを返すのとほぼ同時、狂犬は親指を立てた形で、びっと自分の後ろを指す。


「宴会。始まってるよ」


きょとんとした表情で、野兎は狂犬を見つめる。


「え、宴会…?」
「そ。野兎ちゃん、あんた、誰からも聞いてないの?」
「……。…蝙蝠辺りから、聞いたような聞いてないような気がします」
「聞いてんのね」


いや、確かに聞いてはいる。
けれど、日にちと時刻を知らされていないというのは、聞いていることに部類されるのだろうか。
…大方、私に対する嫌がらせなんだろうが。
そっち行ったら絞め殺してやる、なんて考えたところで、野兎は口を開いた。


「あーっと、じゃあもう少ししたら行きます。先戻っててください」
「…ところであんた、何してたの?」
「え、…ええっと……、…う、兎を狩りに…」
「あんたが兎狩るの?野兎ちゃん」
「熊も狩れます」
「最早下克上ね」


う、とそこで野兎は言葉に詰まる。
駄目だ、生半可な言い訳では、狂犬は誤魔化しきれない。いや、こんな言い訳では騙せるとも思っていない。
そんな野兎の心中を読んだのか、狂犬はにやりと笑って言葉を続けた。


「皆あんたを待ってるみたいよ、野兎ちゃん。見た感じ、蝙蝠ちゃんとか蜜蜂ちゃんとか川獺ちゃんとかが特に…ああ、喰鮫ちゃんは言うにも及ばないわね」
「く…喰鮫さんまで…い、いるんですか…」
「でも多分追っかけまわされる心配はないと思うよ。だってほらまぁ、鳳凰ちゃんとか、いるわけだし」
「聞いてる分には、頭領勢揃いって感じですね」
「そ。だからあんたのその探し物さっさと見つけて、戻るよ」
「そうですね、……って、え!」


狂犬の言葉の違和感に気付いた野兎は、狂犬の言葉を肯定してしまった上で、驚きに声を荒げた。


「ななななんで探し物だって…」
「じゃあ何、あんた本当に兎狩りに来たの?」
「いや違いますけど、!って、あああまた言っちゃった!」
「もう訂正できないわね。でもどうしてそんなに隠すのかしら?もしかして、誰かからの贈り物だとか」
「うわあああああっ!!」


どうしてわかったんですかああもう隠しようがないじゃないですかどうしよううわああ!
終いにはわけのわからないことを喚き始めた野兎に、狂犬が浮かべた表情はついに苦笑だった。


「ほら、あたしも一緒に探すから、早く見つけて一緒に戻りましょ、野兎ちゃん」
「ううう、…はい…」




*




野兎の探し物であるひとつの簪が見つかったのは、狂犬が物探しを手伝い初めてから僅か四半刻後のことだった。
皆が集う場へ帰って来た野兎の話を狂犬から聞くにつけ、彼女はその場に居合わせた者全員に笑われる羽目となったのだった。




09.01.27
10.04.09 加筆・修正