「あぁ、いいですね、いいですね――貴女と一緒の旅だなんて、いいですね――」
「旅じゃありません、任務です。勝手に頭の中で変換しないでくれませんか喰鮫さん。突き落としますよ」
そう言葉の暴力を振るわれた彼だったが、特段気にした様子もない。寧ろ嬉しそうに、くつくつと喉の奥で笑っていた。そんな彼に、野兎は思わず身震いする。
――ああ、どうしてこの人と一緒に行動しなきゃならないんだろう。
眼下に見えるのは、どこぞの流派の道場だった。人里離れたところにあるこの道場は、多くの門下生を抱えているらしい。
ただし人の多くいる道場だからと言って、真っ当なそれではないのだった。
調べたところでは、真庭忍軍にとって脅威にはならなくとも、邪魔にはなるような、そんな行動を見せているらしい。ということで、こうして二人は出向いたのだった。
此処の道場の師範・門下生問わず、皆殺しにせよ。
それが今回の任務の内容だった。
しかし隣に立っている男に、野兎は溜息を吐いてしまいそうになる衝動をこらえる。どうしてこの人と。この人とだったら鳳凰さんとの方が良かった。しかし、鳳凰は別件で動いている以上、それは叶うまい。
任務の途中なんだ、と自らに言い聞かせることで、自分を保っているようなものだった。(そうでもしなきゃ気でも触れてしまいそうだ)
今回は鳳凰が不在で、任務が任務である以上、この人と組むことはある程度仕方が無かったのかもしれない。野兎はちらりと横目で、細身の男を見た。
「どうしました、…」
「『の・う・さ・ぎ』だっ!!そんなに突き落とされたいですかっ!」
全く、どうしてこうして、皆私のことを野兎と呼んでくれないのだろう。蝙蝠だってそうだ。というか名前を挙げ出せば、真庭忍軍の大半の忍びがそれに含まれてしまうので、野兎はわざとその思考を遮る。
「いいではありませんか、。私と貴女の仲でしょう」
「そーですね真庭忍軍12頭領がひとり真庭魚組所属の直接的じゃないけれども私の上司に当たるそれ以上でも以下でもない真庭喰鮫さん」
「限りなく棒読みですね」
「はいそうですだからとっとと一人で任務に向かってください喰鮫さん」
「何を言っているんです、貴女も行くんでしょう?」
そう言って、喰鮫は飛び降りた。
しかし、ただでは降りたりしない。
「え、だって私は事後報告を――うううわああああああああっ!!」
飛び降りる刹那、喰鮫は野兎に足払いを掛けたのだった。
勿論、彼女に限っては飛び降りる準備などしていないから、寧ろ落ちたという表現が正しい。
危なかったですね。
間違いなく確信犯であろうこの男は、彼女をしっかと胸に抱きとめ、くつくつと笑った。
*
そして、任務から帰って来た野兎の表情が酷くやつれたものであったというのは、言うに及ばない。
『もう喰鮫さんとだけは組みたくありません』
結果報告書の隅っこに、小さく書かれていた言葉が、何よりも彼女を不憫に思わせた。
08.01.01(喰鮫さんは変態担当) ← ■ →