「あ、れ…蟷螂さん」
「…か」


私の声に、蟷螂さんは顔を上げてそう言った。私はぺこりと会釈する。
自習室には、蟷螂さんの姿しか見えなかった。


それなりの広さを有している自習室に、これだけ人がいないというのも珍しいな、なんて思いながら、私は蟷螂さんの後ろの長机に荷物を置いた。
勉強の邪魔をしてはいけないだろうと思って、私はそれ以上何も言わずに、狂犬ちゃんから借りたノートを机に広げる。…こんなに板書してたのか。
よし、と私は心の中で意気込んで、自分のノートに書き込み始めた。


*


どのくらい、時間が経っただろうか。
多分、まだ10分かそこらだろう。


眠たかった。


「………」


どうやら、疲れが再び襲ってきたらしい。


「……、…」


ちょっとくらい…寝てもいいだろうか。
時計を見れば、まだ四時半だった。30分くらい寝ても、多分、大丈夫だろう。


*


「……っは!」


ぼんやりとした夢の世界から、私は目を覚ました。
外を見てみれば既に真っ暗で、自習室の電気が煌々と明るい。無理もない、時計を見れば、既に七時を回っていた。どうやら二時間も寝過ごしてしまったらしい。


「あれ、か、蟷螂さん?」


そして、そのときやっと私は、蟷螂さんがまだ自習室にいたことに気が付いた。


「…起きたか」


蟷螂さんは既に勉強を終わらせていたらしく、読んでいた本に栞を挟んでぱたんと閉じた。
その蟷螂さんの行動に、私はまさか、と考える。


「ま、待っててくれたんですか?」
「まぁ、そんなところだ」
「なんてこった…」


私は頭を抱えたくなって、机に突っ伏した。私が寝過ごしたせいでどうやら、蟷螂さんに迷惑を掛けてしまったらしい。
蟷螂さんはそんな様子の私を見て、ふ、と笑うように息を零した。


「私が勝手にしたことだ。気にするな」


そうは言われても、気にしないわけにはいかない。
蟷螂さんは続けた。


「寧ろ謝るべきはこちらの方かもしれん。ぬしが随分気持ちよさそうに寝ているからと言って、起こさなかったのは私だ」


気持ちよさそうに…寝ている…
その言葉を聞いて、私はばっと顔を上げた。


ね、寝顔見られた!


視線の先の蟷螂さんは、心なしか可笑しそうだった。


「外も暗いな…送っていこう」


そう言って、蟷螂さんは立ち上がった。