「昼休みは災難だったわね」


放課後の廊下。
狂犬ちゃんは、苦笑しながらそう言った。


「…あんなに走ったのは久し振りだった…」
「まぁ、去年は頑張れたんだから、今年一年も頑張りましょ」


快活に笑って狂犬ちゃんはそんなことを言うけれど、それが言葉ほど簡単なことではないとわかっているはずだ。
これからの私の行く末を考えて、げんなりしていたら、目の前にすっとノートが現れた。


「…これは」
「借りに来たんでしょ?もう遅いから、返すのは明日でいいわよ」


表紙に黒のマジックで『古典』と書かれているそのノートは、正しく私が求めていたものだった。
あの古典の授業のとき、いくらチョーク事件で目が覚めたと言っても、それまでの板書全ては流石に写し切れなかったのだ。
しかし、狂犬ちゃんはどうして私がこのノートを欲していることを知って…


「二時間目が終わった後にあんたを見たんだけど、そのとき既に眠そうだったからね」
「…なるほど」
「それよりもさ、白鷺ちゃん大丈夫だったわけ?」
「知ってたんだ。うん、五時間目の鳳凰さ…鳳凰先生の授業にはちゃんと出てたよ。頭が痛い、みたいなことはずっと言ってたけど」
「そりゃあね、あのチョークを喰らったらねぇ」


狂犬ちゃんはくすくす笑っていたが、やがて「じゃあ」と口を開いた。


「あたしそろそろ帰るわ。じゃーね、ちゃん」


教室に戻っていく狂犬ちゃんを見送りながら、私は借りたノートを胸に抱えた。
私も自分の教室に戻ろうかと思ったけれど、多分教室は部活動の生徒で騒がしくなっているだろう。自習室で、このノートは写させてもらおう。