笑っている木菟さんの目は確かに私に向いていて、その後私がどう反応を返すのか、それを伺っているようだった。

そのときの私は――多分、驚きに目を見開いていたのだ。
――ああ、そうか、と。
恐らく、木菟さんが意図したのとは違う理由で。

「――…木菟さんって、自分の感情隠すの、下手なんですね」

「…は…」木菟さんの表情は、急速にその色を失っていった。

こうして木菟さんの表情が動くことで、確信した。
先程まで感じていた違和感の正体は、これだったのだ。

だって、そうだ。
普通、ああやって嘲り嗤う人は、あんなに寂しそうな目はしない。
私がそれを察知できたが、彼の言うところの『しのびらしくないしのび』であったから、というのが少々皮肉なところだけれど。
吐き出した最後の息を目で追うかのように、視線すらも、彼には似つかわしくないくらいに低い空気を泳ぐ。
彼は、私の言葉を否定しなかった。

「あんたはやっぱり…わけがわかんねぇ」

やがて、木菟さんはぽつりとそんなことを呟いた。

「そうですかね」
「初めてだよ、感情隠すのが下手だなんて、そんなこと言われたのは」

木菟さんは、まるで何かに葛藤しているようだった。
その様子を見て、少しだけ可笑しくなった。
今の彼は、到底『しのびらしいしのび』には見えなかったから。

「…本当は…どうして、助けてくれたんですか?」

私の言葉に、木菟さんはようやく俯きがちだった顔を上げた。
迷ったようにゆっくりとその口が開かれる。

「さてね、魔が差したとしか言い様がない」
「魔が、差した?」
「さっきの話の…途中までは本当の話だ。だがあんたを助けた理由については、天の神様にでも聞いてくれ。正直俺にも、わかっちゃいないんだ」

その言葉は偽るでもなく、本心のように感じられた。
ふと、以前の木菟さんとの会話を思い出す。そのとき話した通り、彼もまた、以前とは空気が変わったように思う。
…それが、何処に起因しているものなのか、私にはわからないけれど。

「まぁ、結果として俺たちも幕府を敵に回すことになったのは確かだ…まぁ、今回の任務が個人間の問題だったから、あんたはまだ、そんなに大々的に追われているわけじゃないが」
「そうですか…」
「…ところで、ひとつだけ、教えてくれないか。
 ――あんたと鳳凰どのは…一体、どういう関係なんだ」

その問いに、私は咄嗟に答えを出せなかった。

「…さあ、実のところ、私にもよくわかってないんですよ」
「わかってない?」
「初めて会ったのは割と最近のはずなんですけど…何て言うか、そんな感じがしないっていうか…」
「そうか…まあ、鳳凰どのに上手く巻かれた時点で、明瞭な答えは期待していなかったが」

けれどそれを咎める風はなく、木菟さんはその答えが満足いくものであったというように、ひとつ息をついた。
「その上で、あんたはさ」、木菟さんは言葉を続ける。
木菟さんは、真っ直ぐに私の目を見つめていた。
偽ることなく。その声は、どこか確信に満ちていた。

「鳳凰どのに惹かれているんだろう」
「!」

咄嗟に返事をすることができなかった私を見て、木菟さんは何も言わない。
その沈黙は何を意味するものだったのだろうか、

「それが、悪いことだとは言わないさ」
「…木菟さん」
「…良いことだとも、言わないがな」

どこか含みを持たせた言い方に、私は少し首を傾げる。
けれど、私がそれを尋ねるより、木菟さんが口を開く方が幾分早かった。

「何か、必要なものがあるか。飯が必要なら持ってくるし、湯浴みが必要なら人を呼ぶが」

まるで、その先を追求されたくないようだった。
「…いえ、」と伝えて、私は木菟さんに向かい合う。

「それよりも、改めて言わせてください。…助けて頂いて、ありがとうございました」
「………」

やはり、返答はなかったけれど、その代わりと言わんばかりに、「安静にしろ」と呟いて、木菟さんは去っていった。
開け放っていた引き戸は、今度はちゃんと閉められていた。