私は、ゆっくりと自分の瞼が開かれていくのを知った。


「…目が覚めたか」

耳に届いたのは聞き覚えのある声で、私はぎこちなく首を横に回して、声の主を見遣る。
鳳凰さんだった。
次いで、脳がぐるりと巡って、現在の状況を必死に把握しようとする。
ここはどこだろう、小さな家だ。私は布団に寝かされていて、体中に酷い圧迫感がある。

「あれ…なんで、わたし、」

そこまで来て、ぱちくりと、二度瞬き。
死んだと、思っていた。

上体を起こした際に背中に奔った疼痛に、負った傷が夢でなかったことを知る。
すぐ近くに、鳳凰さんの顔があった。その目は変わらず鋭い眼光を帯びていたけれど、私に向けられる視線には、まるで安堵のそれに似た色が含まれているような気がした。

「此処…どこです、か」
「真庭の里だ」

隠すつもりも偽るつもりもないようで、鳳凰さんは意外にもあっさりと答えてくれた。
固まってしまった身体が少しむず痒くて、背筋を正そうとしたら、背中とも腹ともつかないところに強い痛みが奔った。
私が怯んだように呻けば、鳳凰さんは嗜めるように「無理はするな」と言って、体を支えてくれる。

「………」

その手のひらが、大きくて温かかった。

「……私、どのくらい寝てましたかね」

命を、救われたのだ。
周囲の状況も事の状況も未だよく掴めていないけれど、それだけは、確かに理解した。
ふと、潰れる意識の間際に見た、私の前に立つ人影を思い出した。

「丸三日にはなるか」
「そんなに寝てましたか」
「早くに目覚めた方だろう。此処に運ばれて来たときの状態を考えればな」

その物言いを聞くにつけ、やはり相当深い傷だったらしい。そう考えれば確かに、私がいまこうして会話できているのも、奇蹟に近いものがあるのやもしれなかった。
――それにしても、
私は決して高くはない天井を見上げながら、ぽつりと呟くように口を開いた。

「これで…二回目になっちゃいましたね」

一度目は、何処かのしのびに奇襲を掛けられたとき。
そして今回もまた、そうだ。
私は二度もこの人に命を救われていることになる。

「…いや」

けれど、鳳凰さんが口にしたのは、想定外に否定の言葉だった。

「今回お前をここへ連れてきたのは、我ではない」
「…?だったら、何で…」
「木菟だ」

鳳凰さんの口から飛び出した名前は、私にとっては予想すらしていなかった名前だった。
――みみずく、さん…?
その言葉を反芻して、私は事の異質さに気がついた。

「三日前の夜――血に塗れたお前を木菟が抱えてきたときは、正直なところ驚かされた」
「どうして…木菟さんが?」
「さてな、我にはあれの胸中など知る由もないが…」

あの人の目は、他の人間を助けて生きてきたような、そんな人間染みた色をしていなかった。
だったら、どうしてだろう?私が、何らかの利益になるとそう踏んだのか?こんな死に体の人間を?彼自身が、しのびをやめるべきだとまで言った、私を?

「…

そのとき不意に、私の視界に手のひらが落ちてきた。

「今はその傷を癒すことに専念しろ。全ては後に回しても替えが利く。
 …自覚は薄いかもしれんが、お前は晴れて、追われた身だ」

その言葉に、私ははっとした。
脳裏に、あの夜に会った三人のしのびが思い出される。
あの後、一体任務はどうなったのだろうか。
そのことを問おうとして口を開き掛けた私を遮るように、頭にあった鳳凰さんの手がそのまま降下して、私の額に当てられた。
どうやら、それも後に回せということらしい。この様子では、後何を尋ねても、鳳凰さんの口から明確な答えが得られることはなさそうだった。

「…熱はないな。傷口から毒が入った様子もなさそうだ――まともに動けるまでには、今暫く時間が必要であろうが」
「………」
「養生しろ。此処は暫くの隠れ蓑にはなる」

鳳凰さんの手が、最後にぐしゃりと私の髪を撫でた。その動作に、私は言葉を失ってしまう。
それを払う力は、今の私には残っていない――見ていた夢のせいだろうか、
ただ――その手のひらには、純粋に、安心した。

「では、我は席を外すが…」
「鳳凰さん」

私の枕元で腰を上げた鳳凰さんを、私は呼び止めた。

「木菟さんを呼んで欲しいんですけど…お願いしてもいいですか」

少し間を置きながらも「あいわかった」と了承してくれた鳳凰さんは、私の言葉から何かを汲んでくれたらしかった。

「…ええと、その…後、なんて言ったらいいか…、…ありがとう、ございます」

ごく自然に出た礼の言葉が、木菟さんを呼ぶことを了承してもらったことや、ただ助けてもらったことだけに向けられたものではないことは、私自身がわかっていた。

鳳凰さんは、少しだけ、笑うように息を零した。





10.12.13