「さん」
その聞こえた声に、後ろを振り向いたら、見覚えのある背の高い人がいた。
「あ、蜜蜂くん!」
「えぇと、今日はトリックオアトリートって言えばいいんですか?」
その瞬間、私の身体はぴしりと固まる。
してやられた。
そう思った。
「…先を、越された…!」
私が先に仕掛けようと思ったのに!
私の表情が、よほど深刻そうなそれに見えたらしい。蜜蜂くんは少し慌てたような素振りを見せた。
「いや、思い出したから言ってみただけで、先を越すとかそういうつもりは…」
「うん、わかってる…蜜蜂くんがそんな打算的だなんて、そんなわけないもんね」
「はい、勿論です」
きっぱりとそう断言した蜜蜂くんは、少しだけ笑っていた。なんとなくその笑顔に何か裏があるような気がしたけれど、まあそれも私の勘違いだろう。
「じゃあ改めまして、蜜蜂くんトリックオアトリート!」
「どうぞ」
蜜蜂くんが差し出して来たのは、蝙蝠に貰ったのと同じ感じのキャンディだった。丁度、小さい子が舐めてそうな感じの、大きい、棒つきの。
…蝙蝠のときはまさか奴がお菓子持ってるだなんて思わなくて、吃驚したまま何も突っ込むことができなかったけど…、…私ってこういうの好きそうなイメージがあるんだろうか。
蜜蜂くんを見上げたら目を逸らされた。どういう意味だ。
「それで、今日のハロウィン、さん準備はしてるんですか?」
「ん?」
「していないのなら、悪戯しますけど」
気のせいだろうか、蜜蜂くんの笑顔が黒い。
一体どんな悪戯を考えているんだろう…。そんなことを考えながら、私はスカートのポケットに手を伸ばす。
「残念でした、ちゃんと用意してるよ」
はい、と蜜蜂くんの手に焼いてきたクッキーを乗せて、様子を窺う。私が何の準備もしていないと思ったのだろうか。蜜蜂くんはきょとんとした表情を見せた。
「…悪戯できないのは残念ですが、ありがたく頂きます」
そう言った蜜蜂くんの表情が、本当に残念そうだったので、よっぽど質の悪い悪戯を考えていたんだろうなと思った。蝙蝠には大変な目に遭わされたので、それを回避できたのは重畳だった。
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10.11.03