「姫さまからだ」
そう言って、ずいと突き出されたのは見るからに高そうな紙袋に入った明らかに値の張るであろうチョコレートの箱だった。
今日の戦利品を胸に抱えて、ほくほく顔で下校しようとしていたそのときである。校門のところにいた不忍仮面先生を不審に思い、近づいてみたらこうだった。
ぽかんとして何も言えないでいる私に、不忍仮面先生は痺れを切らしたようにその袋を押しつけた。手元で見ればわかる、そのチョコレートは私のような一介の学生では手も出せない値段が貼り付けられているブランドのものである。
「姫さまって、あの姫さまですか?」
「…私が口にする『姫さま』は生涯に置いて一人だ」
どうやら私が『あの姫さま』と形容したのが気に食わなかったらしい。言葉の端は確かに尖っていた。
すみません、素直にそう謝った私も、自分で言うのも何ではあるが珍しい。それだけ、御姫さまからの思わぬ贈り物に驚いたということだ。…多分、それもきっとただの気まぐれであるのだろうけれど。
「『不禁得』…そのような阿呆面をいつまでも晒していては、失笑を禁じ得ないな」
「…阿呆面ですみませんね」
チョコレートを凝視していた私に、不忍仮面先生は無感動にそう言った。言葉とは裏腹に冷めた表情をしていた。
私は開いていた口を閉じて(…本当に阿呆面だったに違いない)、少しだけ不忍仮面先生を睨んだ。
「お姫さまからのチョコはありがたく頂いておきます」
私は持っていた手提げからクッキーの小さい袋を取り出して、不忍仮面先生に渡した。怪訝そうにそれを見る先生に、一言「こんなものしか返せなくてすみません、とお伝えください」と告げる。
「わかった。預かっておこう」
クッキーがひとつだけ余っていたのはただの偶然だったのだけれど、結果的には良い方向へと進んだ。このチョコレートのお返しがこれっぽち、しかも拙い手作りのクッキーになってしまったことは申し訳ないけれど。
「ありがとうございます。そして不忍仮面先生、トリックオアトリート」
お礼を述べるのと、次の話題とをラグタイムなしで告げる。「あなたから私は何も貰っていません」、そう付け足して、不忍仮面先生の様子を窺う。
けれど、不忍先生の表情が変わることはついぞなかった。
「『不持』生憎と菓子類は持ち合わせていない」
「なんですと…!持ってないなら悪戯しますよ!」
「そうか。それでお前は私に一体どんな悪戯をしようというのだ」
「…ま、まだ考えてないですけど!」
「話にならんな」
ほとんど息継ぎなしにここまで会話した。けれど不忍仮面先生には全くといっていいほど動揺の色も何も感じられない。
はあ、そう息をついて、私は放課後の空を見上げた。
「お前ばかりにかかずらっている時間はない。用がないのなら私は行くぞ」
そう言って、不忍仮面先生は校舎の方へ踵を返した。どうやら、私にお姫さまのお届け物を配達しに来ただけらしい。
まあ、お菓子を期待したわけじゃ、ないけど。
私は去っていく背中を少しの間睨みつけて、もう一度溜息を吐いた。
*
無事帰宅して(お隣の鳳凰さんはお留守だった。まだお仕事かな)、私は本日の戦利品を食卓の上へ広げた。皆、なんだかんだでお菓子を用意してくれていたりしたので、結果的にはかなりの量だ。さてはて、これらをどうやって消費しようか、という幸せな考えが頭にふわふわと浮かび上がる。
「…ん?」
お姫さまから貰ったチョコレートの紙袋を広げて、私は首を傾げた。紙袋に銘記されているブランド名と同じ表記のされた箱、その下に、まだ何か入っている。
「…マカロンだ」
マカロンである。
こちらも間違いなくブランドのものだった。けれど、チョコの入った箱や紙袋とは違うブランドの名前が、その透明な箱に記されていて――
ひとつの憶測が、頭をよぎる。
――これは、まさか、
「不忍仮面先生、用意してないって言ってたじゃないですか…」
まだクッキーの材料は冷蔵庫にあっただろうかと、私はキッチンへ向かった。
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10.11.03