三年生教室の前に、私はいた。
声を掛けたのは鴛鴦さんにである。鴛鴦さんは私を見ると、私が口を開く前に「ちょっと待ってな」と言って、一旦教室に引き返した。あの目は言わずともわかっていると言わんばかりの目だったので、鴛鴦さんはお菓子を取りに行ってくれたんだと思う。
そうして、鴛鴦さんを待っているとき。
突然、後ろからの冷たい手が私の頬を撫でた。
喉元まで出かかった悲鳴を無理矢理呑み込んで、私は頭を後ろへ向けた。その間にもしなだれかかってくるような身体の重み。こんなことをするのはひとりしかいない。
「く、喰鮫さん…!!」
「こうして貴女に触れるのは久し振りですねぇ」
「触らないでください」
私は喰鮫さんを引き離そうとするが、この細い身体のどこからそんな力が湧いてくるのか、喰鮫さんはびくともしない。それどころか、いきなりあばらの辺りを指でなぞられた。何とも言えない不快感に身を捩らせるが、やっぱりびくともしなかった。首筋をに落ちた喰鮫さんの前髪がくすぐったくて、寧ろ逆効果だった。
―気のせいか…?……いや、気のせいじゃない。
「喰鮫さんつかぬ事をお聞きしますがあなたいつもよりスキンシップが激しくないですか気のせいだとも思ったんですけど気のせいじゃないようなのでお聞きしたんですが、ってどこ触ってんですか!」
喰鮫さんの掌だけは払い除けることができた。その隙に乗じて再び身を捩るけれど、さっきまでよりも強い力で抱き締められて、やはり逆効果だったことを思い知る。
「いいですね、いいですね、いいですね…今日という日は、いいですね…」
「今日、という日?」
ハロウィンだ。今日は紛うことなくハロウィンの日だ。
首を動かして見た喰鮫さんは、いつもの微笑を湛えながらしれっとこう言った。
「今日は公然と悪戯をしても許される日じゃありませんか」
「あんたハロウィンの意味を根本的に履き違えてますよ」
私も人のことは言えないけど、さすがに黙っていられなかった。
それから間もなくして鴛鴦さんが帰ってきて、私は無事助け出された。
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10.11.01