「蝙蝠、トリックオアトリート!」


奴が教室から出るのを見計らって、私はそう声を掛けた。
蝙蝠はそこで一瞬面食らったような顔を見せ(思えばこれも珍しい)、けれどすぐにいつものように「きゃはきゃは」と笑う。


「持ってねぇっつーの、そんなもん」


次の瞬間に蝙蝠がそうのたまうのは想像に難くなかった。私は蝙蝠がそう言うであろうことを見越して、こと蝙蝠に関してはどんな悪戯をしてやろうかとずっと考えていたくらいである。
だから、ずいと差し出されたキャンディに、面食らった表情を見せるのは私の番だった。


「え…、蝙蝠、なに、これ」
「何ってハロウィンなんだろ?だったら決まってるじゃねーか」
「いや、そうなんだけど…、え?」


突然の展開に頭がついていかない。


「…はぁん」


蝙蝠はそんな私の様子に全てを悟ってしまったらしく、口元にいやらしい笑みを浮かべながらこちらをのぞき見た。


「もしかするとちゃんよ、俺が何も持ってないと思って、どうやって悪戯しようかってことばっか考えてたわけ?」
「………」


ぐうの音も出ない。
蝙蝠は持っていたキャンディを私に押しつけると、心底愉快そうに、大きな声で笑い出した。


「残念だったな、積年の恨みを晴らせなくてよ!」
「ち、ちくしょう…!」


何だかすごく悔しかった。
暫く笑い転けていた蝙蝠だったが、不意にぴたりと笑うのをやめ、私をじっと見据えて口を開いた。


「で、だ。
「何」
「トリックオアトリート」
「……」


こう言われるであろうことは予測していた。
結果的に私の予想は半分外れてしまったけれど、こちらの半分は的中したことになる。もうそれでいい。


「……ん、あれ、れ?」


スカートのポケットに入れていたクッキーが、ない。
そんなはずはない。ちゃんとここに来る前に確認した。もしかして落としたのか、だとしたら今どこに――


「――……」


その疑問は、すぐに解消された。
蝙蝠の制服のポケットに、見覚えのある小さい袋。


「蝙蝠、貴様…」
「んん?何のことだ?まだお前からは何も貰ってないぜ?」


お前からは、その部分をやけに強調させて、蝙蝠は言う。嫌な笑顔だった。
もしかするとこいつは、初めからこれが狙いだったのか。


真相はわからないけれど、結果的に私は返り討ちに遭った。




  

10.11.01