海亀さんと別れた後、私はマンションのエレベーターで、今日の晩ご飯は何にしようか、などと考えていた。
何せ時間が遅い。軽くつまむ程度のものでいいだろうか…そう考えたところで、お腹がぐぅ、と音を立てた。…こりゃ駄目だな。
エレベーターの上昇が止まり、扉が開いた。部屋までの一直線の廊下に立ったところで、思考は冷蔵庫の中に何があったか、に切り替わる。…すっからかんじゃないことを祈る。ちゃんとしたものを食べないと、どうにも私のお腹は満足してくれそうもない。
でも手間の掛かるものは作りたくない…簡単にカレーとか…ああ、でもシチューも食べたいなぁ…しかし、シチューというならビーフシチューも捨てがたい。そうだ、今度グラタンを作ろうと思っていたんだった。いや、とりあえずは今のことだ。…どうしよう、食べたいものが多すぎて…とりあえず、美味しいものが…
「今日は遅かったな、」
「は、はいぃ!」
ぼうっとしていたところに声を掛けられるとは思っていなかったから、私の声はすっかり裏返ってしまった。
声のした方を見れば、そこには黒いスーツをきっちり着こなした鳳凰さんが立っていた。
「吃驚させないでくださいよ!」
「特段脅かしたつもりはなかったのだがな」
私の反応が可笑しかったらしく、鳳凰さんはくつくつと喉の奥で笑っていた。
こういう鳳凰さんは中々見られるものではないのだけれど、今はその物珍しさよりも気恥ずかしさが先に立つ。ぼうっとしていることは沢山あるけれど、ああも声が裏返ったのは久し振りだ。
鳳凰さんは部屋に入るところだったらしく、慣れた手つきで部屋の鍵を開けると扉のノブを回した。
私も早く自分の部屋へ戻ってご飯を食べようと考え、鞄から鍵を取り出そうとする。とりあえず、鳳凰さんが私がぼうっとしていた理由を訊いてこなくて良かったと思う。お腹が空いた余り食べ物に思いを馳せていた、なんて言えるわけがない。
「あぁ、そうだ」
部屋に入る間際、鳳凰さんが私を引き留めた。
「丁度、我も夕飯にしようと思っていたところだ」
その物言いに、私の動きはぴしりと止まった。
鳳凰さんは、何もかも見透かしたかのような目をしていた。
「食べていくだろう?」
Extraordinary!
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10.05.01