彼の持つ青い髪が、一瞬だけ私の視界を覆って奪った。
飛び掛ってきたアイクの腕を掴み、同時に自分の足を彼の足に引っ掛ける。
アイクは一瞬信じられないというような表情を見せたが、どうすることもできなかった。
次の瞬間には、雪の飛沫が舞い上がる。
私は、交差の刹那にアイクの手から奪い取った剣を、雪で覆われた地面に突き刺した。反対に、自分が構えていたナイフはくるりと手で一度回して、懐へと仕舞う。
「私の勝ち」
すぐに起き上がったアイクは、もう手持ち無沙汰になってしまった掌を暫く見つめ、やがてその手で額の汗を拭った。
「…参ったな。まさか剣を取られるとは思わなかった」
「私も、まさかあんなに簡単に剣が奪えるとは思わなかったよ」
「……」
すっかり黙ってしまったアイクが可笑しくて、私はつい息を漏らす。
その息は、凍えた空気に反応して白く拡散した。
「実際の戦場ってさ、」
アイクに自分から口を開くつもりはなかったようなので、その代わりというわけではないけれど、私はアイクに声を掛けた。
「何が起きるか、全然わからないんだよね。もしかしたら今のアイクみたいに、斬り付けると見せかけて足引っ掛けられたり、敵に武器を取られちゃうかもしれないし、さ」
「…俺に追い討ちをかけてるのか?」
「そんなわけじゃないよ」
アイクにとっては屈辱だったんだなぁ、なんて思って、私はへらりと笑う。
きっとアイクは、今日のことを忘れることはできないんだろう。そんな勢いである。
「でも、もし今回のことが…戦場で起きたら、アイク、どうする?」
「わからん。その時考える」
やけに断定的なアイクの言葉に、私はやや違和感を感じて、一瞬考えて彼に尋ねた。
「もしかして、アイク、今私にどうやって仕返ししようか考えてる?」
「あぁ」
「……、ふっ、」
私は可笑しくなって、堪らず吹き出した。
アイクの口元も、いつもの無愛想なそれではなくて、僅かながらに口角が上がっているように見えた。
昨夜降っていた雪は、今もしんしんと降り続いている。
私はたった一日で深く積もったその雪に、仰向けに身体を放り出した。
そんな私を見たアイクも、雪の上に腰を落ち着ける。
「ねぇ、アイク」
「何だ?」
「私ね、アイクが将軍になってから、アイクが何だか遠くにいるように感じてたんだ」
「……」
「いっつも近くに兵士のひとがいてさ、ずっとその対応に追われてるアイクを見て、そう思ってた――もう、アイクの近くにはいられなくなったんじゃないかって――」
そんなことを、
アイクはそう言いかけて、一度口を閉ざした。
そのときの私は、アイクの表情を窺うことはできなかった。
だからそのときのアイクが一体どんな思いで次の言葉を口にしたのか、私には皆目見当もつかない。
けれど、それは何よりも彼らしい言葉だった。
「何があっても、お前の居場所は俺の隣だ。違うか?」
その言葉に、私は一瞬驚いて。
それから、やっぱり少しだけ可笑しくなった。
あぁ、アイクは間違いなくアイクだ。
だから、私は迷わないでいられる。
「ばか、そういうのは私より強くなってから言ってよ」
そう強がってみたけれど、多分本心まで隠し切ることはできなかったと思う。
ふと視線を横へ逸らせば、鮮明な白だけが目に映った。
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09.03.07