全てが白に呑みこまれてしまいそうな、そんな錯覚の中で、私はそれすらも白く見える息を吐き出した。




「絶対絶命、か」
「そうかもね」


端的に事実だけを述べた彼の表情は、いつもと何等変わらない、そんなものだったように思う。
背中を向け合って立っている私たちの周りには、たくさんの、鎧の人影。
その鎧の色が一体どんな色なのか、今の私には理解できなかった。永らく見ていた白のせいで、目が錯覚を起こしているのかもしれない。


――援軍は、来ない。


第一線を駆けていた私たちは、敵の伏兵に気付くことができなかった。本来なら、私は思索するべきであったのだ。こんなに上手く事が進むわけがないと、少なくとも、冷静なときの私ならば、そう考えたはずなのだ。
けれど、アイクが。


、と私の名を呼んで、俺と来いとそう言ってくれたときに、そんなものは全て置いてきてしまった。
軽率で酷く愚かなものだと思う。
ふっと自嘲の笑みを漏らしたところで、私は頭のどこかで悟っていた。


――私たちは、多分ここで死ぬのだと。


全ては愚かな私が生み出した結果だ。冷静に物事を考えられなかった私の責任だ。そう言えばアイクはきっと否定するのだろうけど、そのことだけは決して揺るぐ事がない事実である。
雪が降り積もるそんな中で、私の意識がもうその雪に向くことはなかった。


そんな死線の手前で、冷たい脳髄で、ただ私が考えることは、
どうすれば道を切り開けるか。どうすれば敵が私だけに集中してくれるか。どうすればアイクが生き残れるか。
アイクだけは生きなくてはならない。例え私が死んでしまっても、彼だけは、





不意にアイクが私を呼んだ。彼の声は平常そのもののように聞こえた。
こんな状況でも、彼は悲観することなく前を向いている。あぁ、きっと私はアイクの、いつだって自分を見失わないところが好きなのだ、と、この状況にまるでそぐわないことを考えてみたりした。


「覚えてるか?」
「…何、を?」
「今から3年前だ」


そう言われたところで、3年前の記憶など、辿ろうと思えばまるで泉のように、とりとめもなく湧き上がってくる。その中で、アイクの意図している記憶を探し出せというのは、中々困難なことだ。
私が僅かながらに動揺したのが、背中越しに伝わったらしい。アイクは、ふっと息を漏らして、『そういえば、あの時もこんな雪の日だったか』とそう言った。
私の中で、何かがかちりと音をたてて嵌った。


「もしかして、この状況でそんなこと考えてたの?」
「あぁ、ずっと考えてた」
「アイクらしいっちゃ、アイクらしいね」


頭の中ではこんなにも可笑しく感じているというのに、私は笑うことをしなかった。
代わりに、この雪ですっかり凍えてしまった銀のナイフを、悴む手でしっかりと握り直す。


ちらりと窺った彼の背中は、いつの間にかとても逞しくなっていた。


「生き残るぞ、
「はいはいっと」


そして、次に彼の言った言葉は上手く聞き取ることができなかった。
けれど、それは3年前に言ったあの言葉と一緒だったのだと思う。
私たちは、雪に埋もれた地面を踏んだ。


彼の持つ青い髪だけが、やけに鮮明に視界を掠めていった。




しかない
09.03.07