「でことなんこだんてっや何」
「ん?誰かと思わずとも白鷺さんじゃないですか」




独特の逆さ喋りを耳にした野兎は、首を仰け反らせることで声の主の姿を確認した。
河原の緩やかな傾斜、柔らかな草の中で、野兎は寝転がっていたのだ。暖かい日よりで、うつらうつらしていたときのことだった。




「かのいい、がだいたみるてしとっーぼと分随?てくなし事仕」
「あー…今日は団子持ってないんですよ。いつも団子片手にしてると思わないでください」
「…よぇねゃじ子団、やい。よろし事仕もりよれそ」
「いやぁ、それにしても、もうすっかり春ですねぇ。見てください、桜、綺麗ですよ」
「……らかだ、やい」
「ん?団子ですか?」




さすがに白鷺ももう諦めた。
故意でやっているのかとも思ったが、真剣な表情で首を傾げていた野兎の姿を見る限り、どうにも意図してやったことではなさそうだ。純粋に、逆さ喋りが通じていないらしい。
白鷺は傾斜を降りると、野兎の隣で腰を下ろした。




「思ったよりも咲くの早かったですね、桜」




白鷺が自分の隣に座ったのを見届けて、野兎は寝転がっていた体を起こして、膝を抱えるようにして座り直した。それでも眠いのか、その瞼は今にも閉じそうだった。




「なだうそ、ああ」




相変わらず白鷺の言うことのわからない野兎だったが、肯定したことはわかったらしい。満足そうに、その口元で笑みを浮かべた。




「今日は久々にゆっくりしてる気分ですよ」
「…なたっだんいないも鮫喰は日今、かうそ」
「……白鷺さん、あなたの逆さ喋りについて、思うことがひとつあるんですけれど」




見れば、野兎はじーっと白鷺を見つめていた。その顔は、やはり真剣そのものである。




「…よだ何」
「もしかして、白鷺さんが逆さまになったら、逆さ喋りじゃなくなるんですか?」
「………」
「例えばあの桜の木に逆さまでぶら下がってみるとか」
「………」
「やってみてくれませんか?」
「る断」




野兎の提案を、白鷺は間髪入れずに拒否した。




「その様子を見ている限りだと、そうなんですね?」
「………」




果てにはそっぽを向き始めた白鷺。
この調子では、どうにもやってくれそうにない。
野兎としては、いつか試してみようと思っていたことなので、この話をした今が好機であることに違いはない。


鳳凰や蝙蝠は、白鷺の言っている意味がわかるらしい。その二人が白鷺と話しているところは何度か見ているけれど、会話が成り立っている、ということが羨ましいと、以前から常々思っていた。




「私も、白鷺さんとちゃんと話したいですよ」




野兎は、本心からそう言った。
白鷺から目を逸らして膝を抱え直した野兎を見て、白鷺は彼女の考えていることが少しわかった気がした。




…そんなことを気にしなくても、多分きっと、彼女は次に言う自分の言葉を理解するだろうと、そう考えた。




白鷺は、隣にあった野兎の頭をつかむようにして自分に近づけると、ぽんぽん、とあやすようにたたく。




「ろだぇね要必」




まるで子供を相手にするような白鷺の態度に、野兎には思うところがないでもなかったが…それでも野兎は、ひとこと「…そんなもんですか」と返した。








以心
10.02.14(白鷺さんの逆さ喋りはキャラ作りだと信じてる)