日は高くに昇っていた。
城下町ほどではないにせよ、それでも人通りは多い方だろう。町人や親子、飛脚に至るまでが行き交い、平穏とした雰囲気の街道である。
その中で、ひとりは茶屋の長椅子に腰掛け、
ひとりは道の間中でその足を止めていた。
「よく会うな、真庭野兎」
「よく会いますね、不忍仮面」
二人はほぼ同時にその口を開いた。
不忍仮面と呼ばれた男に表情はなく、真庭野兎と呼ばれた女は微笑さえ湛えていたけれど、この二人の間に流れる空気はどこか剣呑なそれを含ませていた。
それでも野兎は、その空気が気にならないというように…というよりかは、それが日常の一部だとでも言うように当たり前に、団子を口へと運ぶ手を休めはしない。
「真庭の里のしのびともあろう者が、随分と暢気なものだな」
以前は敵対していた男が目の前にいるというのに、野兎は臨戦態勢に入るどころか、のほほんと団子を食している。男の皮肉にはただ胡乱な視線を返すだけだった。
「誰にだって休息は必要ですよ。そんなことよりあなた、さっきから注目の的ですけど、大丈夫なんですか」
確かに、先ほどから男は、人々に奇異の視線を向けられていた。
洋装で、かつ妙な仮面をつけた姿で、こんなに人通りの多いところではそれむべなるかな、である。
「『不要』 要らぬ心配だ。それよりも、私にはお前の格好の方が奇妙のそれに見えるが」
茜色の着物を身に纏った野兎は、彼の言うように、しのびのあるべき姿ではなかったろう。この場所を往来している町娘と大差のない格好である。
「先ほどから言っているとおり、休息中です。今日はお仕事ないんですよ。たまにはこういう格好したっていいじゃないですか。今はただの町娘です…ですから、今ここであなたとちゃんばらやらかすつもりもありません」
そう言って野兎は茶をすする。
理由はどうにせよ、それは男も同じ意見だった。こんなところでこれ以上目立っても仕方がないし、それにここで彼女を討ち取るだけの利点がない。それどころか、それらを総合して考えた場合、ここで事を起こしても、不利益の方が大きくなるのは明らかだった。
「不忍仮面さんはこれから仕事ですか?」
「『不答』…答えるだけの理由がない」
「そうですか。まぁいいですけどね」
そう言って、野兎は新しく運ばれてきた皿から、団子を一本取り上げた。一体何皿頼んだのだろう。彼女座るとなりには、既に皿でできた小山ができている。
そして、そのまま彼女の口へと向かうと思っていた団子は、何故か男へと向けられていた。
みたらしだ。
……いや、そんなことはどうでもいい。
「………」
男が反応らしい反応を返さずにいると、痺れを切らしたらしい野兎が口を開いた。
「あげますよ。食べてください」
「…、」
『不要』
男は、再びそう答えようとした。
けれど、野兎は敢えてその言葉にかぶせるように、やや早口で捲し立てるようにこう言った。
「この場合、私があなたに何かを要求するとかこの団子が交渉の際の足枷になるだとか、そのようなことはありませんから、ご安心を。私は施しをしているつもりもちっともありません。ただの自己満足です」
男にとって、完璧に出鼻を挫かれた形となる。
確信犯なのか、彼女はみたらし団子を差し出したままにこりと笑んだ。
…わけのわからない笑みだ。
そう考えていたところで、彼女は再びその口を開く。
「たまにはいいじゃないですか。町娘からの贈り物です」
平然とそう言ってのける野兎に、確かに他意はなかったようだ。
「……頂こう」
結局折れたのは男の方で、彼はみたらしで己の手を汚さないように注意をはらいつつ、その団子を受け取った。
ふわりほわり。
10.01.31(たまにはほのぼの?)