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「矢張り此処におったか…」
突然後ろから聞こえた声に私は驚いたが、それがよく知った声であったのでゆっくりと振り向いた。
その先には案の定鳳凰さんが立っていて、地面に屈み込む私を見下ろしている。
「あ、あれ…どうかしましたか、鳳凰さん。仕事ならちゃんと終わらせました…よね?」
「ああ、わかっている。我がお前を捜しておったのは、そのような理由ではない」
「じゃあ何で…何か悪いことしましたっけ?」
「お前の頭は叱られることが前提で動いておるのか?」
鳳凰さんの言うことがあながち間違いでないことに気付いて、私は少しだけ唇を尖らせた。
私が真庭忍軍に入ってから、丸一年が経った。最初の頃はどうにもてんやわんやで、新しい仕事やら人間関係やらで毎日が忙殺されていったのだけれど、ここ最近はその環境にも慣れつつある。まあ、要するに手を抜くことを覚えたからでもあるから、仕事を抜け出して鳳凰さんに捜し出されるというのも、もう片手では数え切れないくらいにはなっているのだけれど。
鳳凰さんの目が、不意に私の手元へと降下する。その目線の先にあるものを知って、私もまた、己の手元へと視線を移した。
「そうか…一年になるか。早いものだ」
「……」
元々は古ぼけた寺社のあった場所に、私は白い花を手向けた。
「あれから、ちょっとはしのびらしくなれましたかね」
「どうであろうな。仕事を抜け出さずに最後までこなせるようになれば、そうであるかもしれんが」
「今日はちゃんとやったんですから、もう…見逃してくださいよー」
結局あの晩、焼け残った残骸の中から、木菟さんの遺体を見つけることはできなかった。
それが心残りといえばそうかもしれない。でも、きっとあれが彼にとっての『しのびらしい』最期だったのだろう。
その最期に見せてくれた笑顔は…どうしても、しのびのそれには見えなかったけれど。
不意に、私の頭に何かが置かれた。目だけを動かして見上げてみれば、いつの間にかすぐ後ろまで来ていた鳳凰さんの、その大きな手のひらだった。
「鳳凰さん?どうかしましたか?」
「…いや、」
彼の言葉にしては珍しく、歯切れが悪い。
訝る私を余所に、鳳凰さんは少し強めに私の頭を撫でた。
思うところは残しながらも、多分詮索したところで上手くはぐらかされるのが落ちだろう。私は探ることを諦めて、緩慢に立ち上がった。
「さて、そろそろ戻りますか」
「もう気は済んだのか?」
「はい。私だって、うだうだしてた前とは違うんですから」
少なくとも、草木に隠れて自分を隠していた臆病な私は、もういない。
私はひとつ深呼吸して、夜空を見上げた。その先には、靄がかった満月が煌々と輝いていた。
了
11.04.16