私は、木陰にて休息を取っていました。
あたたかな日和です。ぽかぽかと表面から内側にかけて、体が温まってくるようです。頭の上の葉は、太陽の光を受けてきらきらと輝いていました。その光彩は美しく、時折吹くそよ風がまた心地良い。
私は、千人いる黒巫女の内のひとりです。
私がこの八雲までやってくるまでの経緯は割愛させていただきますが(あまりこの表現も正しくないのかもしれません。私はきっと思い出したくないだけなのです)、私はここの神主である敦賀迷彩さまに助けていただきました。私は黒巫女として、この場所に住まわせていただいています。
黒巫女としての仕事は、境内などの敷地内の掃除が基本です。お客様へのおもてなしなどをする機会もございますが、これは大変稀なことです。
いくらこの神社が広いといえど、それもそこまで大変な労務というものではありません。何せ黒巫女は千人もいます。なので、私はこうして今日の仕事を終え、境内へと舞い戻ってこの木の下でまどろんでいるということなのです。
そのときでした。不意に、私に黒い影が降ってきました。少し驚いて顔を上げてみれば、そこにいたのは他でもない迷彩さまでした。
「おや、起こしてしまったかい?」
その言葉に対して、私はふるふると首を横に振りました。迷彩さまは、「そりゃよかった」と言って、笑いました。きっと綺麗な笑顔。私の目を覆う紙が煩わしく感じるのは、いつもこういうときです。
「隣、借りるよ」
そう言うと、迷彩さまは私の隣に腰を下ろして、私と同じように木の幹にもたれ掛かりました。風がひとつ、ゆるやかに吹きました。気持ちいいな、と思うと、迷彩さまも「…良い風だ」と、そう言ったので、私は首を縦にいちど振りました。
そのときの迷彩さまがどういった表情をしていたのか、既に瞼の重くなっていた私にはわかりません。しかし、そのときに聞こえた迷彩さまの声は、はっきりと、たしかに私の頭のどこかを占領しました。
あたたかいとなりのこの人は、私をじわりと溶かしてゆくように、穏やかでした。
声の温度
10.03.25