薄暗い店内だった。
僅かに格子窓から差し込む光を受けながら、それでも尚明るいとは言えない中で、は、ふぅむ、と呟く。

「またですか」

言葉の矛先は目の前の真庭蝙蝠という男に向いていて、声の調子には若干の棘があった。

「まぁそうなっちゃうわけだ」

蝙蝠はそれを軽い調子で受け流し、軽薄そうな笑みを浮かべたままである。
は暫く蝙蝠を睨みつけていたが、やがて諦めたのか、深くため息をついた。

「こういうことを言っても、あなたの職業柄、仕方のないことなのかもしれませんけどね…手裏剣はもう少し大事に扱っていただきたいものです」
「そうは言ってもよ、確かに仕方ねーやな。俺の忍法の性質くらい、あんたも知ってんだろ?」

は再びため息をつく。

「作っている私の気持ちも考えて、せめて節約するとかくらいしてください。今は父上もいなくて、私ひとりで切り盛りしているようなものなんです」
「きゃはきゃは、そりゃご苦労さん」

まるで反省する気のない蝙蝠に、にはいらりと来るものがあったが、これ以上論争しても無駄なので『わかりました』と短く言う。

「引き受けましょう。手裏剣何本でしたっけ?ここのところは立て込んでいますから、少々日数をいただきますが」
「へぇ、こんな寂れた鍛冶屋にも俺ら以外の客が来るもんなんだな。知らなかったぜ」

は鍛冶屋の一人娘であった。鍛冶屋といってもただの鍛冶屋ではなく、表立って刀などの修理を依頼できない者が主な顧客である。
金の折り合いさえつければ、どんな客であろうと依頼を引き受ける。
しかし、それも非合法な商売であることに代わりはないため、店は繁盛しているとは言い難かった。

「嫌味はそこまでにしておいてください。…ほとんど真庭忍軍の方ですよ。やれ刀を壊した直せだのやれ新しい武器がほしい作れだのと…勝手な注文ばかりなさっていくんです」
「じゃああれだな、俺の注文が一番控えめってわけだ。感謝してくれていいぜ?」
「あなたの注文が一番規格外です!」

声を荒げたとは裏腹に、蝙蝠は可笑しそうに笑うばかりだ。

「全く…毎回毎回とんでもない数量の手裏剣を…相応のお金貰わなきゃやっていけないですよ」

ぶつくさ言いながらも、は蝙蝠に茶を差し出した。仮にも客である。急ぎの用がないのならばゆっくりしていってもらうことにしている。軽口ばかり叩く蝙蝠に憤慨しつつも、そういうところは律儀であるらしい。

そのの様子を見て、蝙蝠は先ほどここへ来る前のことを思い出していた。
任務を終え、里へ一度戻ったとき、蝙蝠は里の者がについて話しているのを、蝙蝠は耳にしたのだ。

『…そろそろ嫁の貰い手があってもいい頃だと思うんだよ』
『ああ、確かに年頃みたいだしなぁ…俺も前々から思ってたんだよ。あれだけしとやかで器量のいい娘が、何で嫁に行かないのか』
『上品で控えめな感じがするよな、あの頑固親父とは違ってよ』
『その父親がいないことに理由があんのかね』
『俺、立候補しちまおうかな』
『やめとけやめとけ』

蝙蝠はその話をしっかり盗み聞きしていたのだが、思わず吹き出しそうになって、危うく留めた。

しとやかで器量よし?上品で控えめ?

彼女には到底当てはまらない言葉ばかりだ。まぁ器量の面は少なからず認めてもいいかもしれないが、それ以外は非常に面白い冗談だと思う。彼女は自分の前では、とんだじゃじゃ馬であるのに。

「なぁ、ちゃんよー」
「…なんですか」
「あんた、嫁の貰い手ってもう決まってんのか?」
「う、ごっほ、げほ!」

少し離れたところで茶を啜っていたは(蝙蝠以外の者の前なら、客人の前で茶など啜るまい)、蝙蝠の言葉を聞いて盛大にむせた。

「あ、あなたに関係がありますか!?」

暫く経って、ようやく落ち着いたらしいが、そう叫んだ。その顔は怒りやら羞恥やらで真っ赤に染まっている。
しとやかとはほど遠いその様子に、蝙蝠は、ほらみろ、やっぱりじゃじゃ馬じゃねぇか、などと思った。
その反応は想定済みだった。いつもなら適当に混ぜっ返して終わるような彼女の言葉に、蝙蝠が今日用意してきた言葉は少々違った。
そう、とどめとばかりにこう言ってやるのだ。

「いーや?別に何てことねーよ。俺にも、まだ可能性があるって思っただけだからよ」

――…は?
が発することが叶ったのは、息を吐き出すのと何ら変わりない、たったそれだけの言葉だった。

「え…あの、それって、一体…」
「さーてなぁ、精々必死に考えてみるんだな、じゃじゃ馬ちゃん?」

蝙蝠はにやりと笑って、いつの間にか飲み干したらしい、茶の入っていた湯飲みを置くと、瞬く間に店内からいなくなってしまった。
たったひとり残されたは、思う。

数日後、完成した手裏剣を取りにやってきた蝙蝠に、自分はどういう顔をして会えばいいのだろうか、と。

予定調
10.02.05