彼は人の姿を借りた悪魔だと思います。
それがどんなに汚い仕事だろうと、金さえ積めばそれがそのまま、彼が仕事を引き受ける理由となる。要求するお金が手に入って、ほら、契約完了。あとは任務を遂行するだけ。多少の自由意志はあれど、よっぽど気に喰わないと感じない限り、どんな貴族の暗殺だろうと、彼はやってのけます。まるで悪魔のよう。けれど、何よりも彼を悪魔だと云わせる所以は、彼の手があまりにも死に染まっているから。
そんな彼が、私は嫌いです。
きっと彼は、英雄殺しだって難なくやってのけるだろうから。
*
「アイク、大丈夫!?」
稀に見るような大激戦だった。敵軍を指揮するのは、四瞬のベウフォレス将軍。その将軍について、私はどこかで見たことがあるような気がしたのだけど、そんなことは確証がないし、そもそも誰なのかはわからない。ただ、目の前の敵を如何様に避けるか、倒すか、殺すかすることだけ考える。
あちこちで、こちらの軍のひとたちが苦戦を強いられているのが、ちらりと伺った視界だけでも理解できた。
私はひとり、槍を掲げる兵士をするりとかわすと、既に敵に囲まれていたアイクのもとへと駆け寄り、アイクを取り囲んでいた兵士の一人に一太刀浴びせた後、言葉を投げかけたのです。
「あぁ、俺は大丈夫だ、!」
アイクの声は途中で掠めるように空気にもみ消された。それは至極簡単なことで、またひとり、敵兵がアイクの首を狙って斬りかかってきたからだった。
彼なら、きっとやられることはないだろう。そう判断して、私はまた敵陣に切り込んでゆく。目の端に、皆と同様敵兵を相手にしている悪魔の姿が映った気がしたけれど、あえて見ていないことにした。
アイクの次、一応将軍補佐の任を受けている私の顔は、矢張りそれなりに目立つらしく、敵陣に単身乗り込んだ私は、熱烈な歓迎を受けた。
槍、刀。斧にそして矢。
ひゅんひゅんと音を立てて私の頭、すぐ横を掠めるもの。
かわす、捌く。受け止めて弾く。そして斬る。
単調な繰り返しのそれだと思った。気が付けば敵兵はあとひとり。元々少数の部隊だったとは云え、その小部隊をどうやら、ひとりで切り崩してしまったらしい。
「逃げるんならそれでいいよ」
私は最後のひとりにそう声掛ける。もう駄目だろう、この兵士は。腰がもう据わっていない。そりゃそうだ、一部隊、全滅してしまったのだから。
――しかし、これで均衡していた戦況は、今のところこちらが優勢だ。
向こうにいるベウフォレス将軍と、その取り巻き部隊が、残っているけれど。
刀を血振り、一旦鞘に仕舞う。
その時の私は、油断ほどまでにではないけれど、完璧に周囲への配慮を怠っていた。
油断はなくとも、隙はあった。
これが前面からの攻撃だったなら、難なくとまではいかないまでも、なんとか対応はできただろう。
けれど、それは完璧に死角からの斬撃で、
気配を感じて、咄嗟に振り向いたけれど、もう遅い。
「っ、!!」
背中から、袈裟懸けに鋭い痛み。
よろりと身体を180度回転。ああ、これは深いな、なんて冷静に考えつつも、状況は冷静でいられるそれではない。
私は完全に地面に尻をついてしまっていて、とてもこの状況に対応できる状態じゃあ、なかった。
あと一撃喰らえば、それで終わりだ。
周りを見れば、いくらか戦況はまともになったものの、それでもこちらの軍のひとたちは己の敵に精一杯で、私には気付かない。
アイクは気付いた。慌てたようにこちらへ走ってくるが、しかし無理だ。遠すぎる。
敵はこれで仕留めたとばかりに、まざまざと見せ付けるように剣を振り上げ、
咄嗟に瞑ったのは目。
暗い中で、降りかかる痛みを待つ。
死に直面する中で、最も恐ろしいのは、瞬間までの闇だと、そう思う。
ただし、その瞬間は、来る事はなかったけれど。
恐る恐る目を開いてみれば、そこには目を剥いて倒れてゆくひとりの男が見えた。まるで何が起こったのかすら、わからないというような表情で。
「フォル…カ、殿」
そう声が漏れたのは自然なことだったのかもしれない。そこに立っている誰かが、その人であることを確認するように。
「…何があっても、戦場で気を緩めるな」
彼は表情ひとつ変えず、そう言った。
けれど、そんなことより何より、私には気になることが、ひとつだけあった。
「助けてくれたん、ですか」
何よりも、その事実が意外そのものだった。そもそも接点すらなかったというのに。それどころか、私はあからさまにも、彼を避けていたというのに。
「……。…5000Gだな」
「あ、え?事後商談?」
何だか可笑しくて、思わず漏れてしまった笑いだけれど、背中に突っ張るような痛みが走って、その笑顔は引き攣った顔に変わる。
「…!」
走ってきたアイクが、私の背中から流れて、既に地面に水溜りをつくっている多量の血液を見て、顔を顰めた。ざっと部隊を見回して杖使いを捜すが、見当たらない。
「…戦線から外れたところで、ミストが待機しているはずだ。悪いがフォルカ、そこまで…」
「構わん」
アイクが最後まで言い切らない内に、彼は返事した。
私の傷に負担にならないよう抱きかかえると、彼はそれ以上のアイクの言葉は待たず、走り出していた。
*
「…一体今ので、幾らくらいになったんでしょうね」
そんな余裕はないというのに、風を切ってゆくなかで、私はそう呟いた。嫌味なんて言える立場ではないというのに。
てっきり多大な額を想定していた私にとって、返ってきた答えは、自分の耳を疑ってしまうようなそれだった。
「金は必要ない」
え、思わず声がそう漏れて、「どうして?」なんて、ほとんど反射的にそう訊いてしまった。
「……、俺の好きでやっていることだ」
言葉は、切った風に掻き消されて、ほとんど聞こえなかった。きっと彼は、それを予想していたんだと思う。
限りなく人に似ている
(彼の本質は悪魔なのだろうと、そう思っていました)
08.11.20