「ライ、考えごと?」
「ん…か」
とりあえず今日の拠点、そこに用意されたひとつの天幕の下にいた俺は、声を掛けられるまで彼女の存在に気付くことができなかった。
中身は既に空の木箱、そこに腰掛けていたのだが、はその木箱の背後から現れたようだ。俺の膝くらいの高さしかない木箱に腰掛けた状態で、立っている彼女と同じ目線。つまり、小さいのだ、彼女は。
「何考えてたの?」
「まぁ、色々だな。スクリミルのこととか、部下のこととか、次の戦のこととか、スクリミルのこととか……スクリミルのこととか」
「スクリミルさんのことばっかだね」
あはは、と笑ったを見て、自分の表情もやや綻んだことに気付いた。最近のスクリミルの問題行動も、頭から吹っ飛んでいた。彼女がその笑顔を向けるのは決して自分にだけではないというのに…、けれど、今彼女の笑顔を見ているのは自分だけなのだ。そのことに、喜びに似た感情を抱く。
「ライって、いつもスクリミルさんのことで考えごとしてる気がするよ」
「…言われてみれば、そうかもな」
「恋してるみたい」
「やめてくれ」
自分が好意を抱いている相手はなので、当の本人にそんなことを言われてしまえば、例え冗談だとしても大変反応に困る。というか、そんな趣味はない。
これ以上話が深くなるのも嫌なので、俺は彼女に違う話題を振ることにした。
「今日ももふもふ、か?」
「ん」
そこで、は少し複雑な表情を見せた。やや間を置いて、ようやく口を開く。
「でもライ、考えごとしてるから、邪魔しちゃいけないかなーって。それに疲れてるんでしょ?また今度、お願いできる?」
『もふもふ』、というのも、はつまり俺に化身してくれと言っているのだ。その身体に包まるのが好きなのだそうで、レテなんかにも暇があれば頼み込んでいるらしい。
俺からしてみれば疲れすらも吹っ飛ぶのだが、彼女は俺の返答を待たなかった。
背後にしゃがみ込み、空気に揺れる俺の尻尾にじゃれ付き始めた。
「…、」
俺の視界から、彼女の姿は見えない。
なんとなく、その姿が気になって自分の肩越しに見たのが失敗だった。
…こう言うと、なんか語弊がありそうなんだが、
色々まずかった。
元々小さい体を折り曲げてしゃがみ込むその姿が、まるで小動物か何かのようにも見えた。
抱きしめてみたい衝動を押さえ込んで、俺はの頭を撫でるに留める。
「ん?」
「明日も早いだろ、今日はそろそろ寝ろよ?」
「りょーかい」
最後に明るくにぱっと笑って、は立ち上がった。『おやすみー!』などと手を振って、やがてその姿が見えなくなるまで、俺は彼女を目で追った。
それからも暫し、彼女のいなくなった夜の闇を見つめていた。そして改めて木箱に座りなおし、――
(……あれ、何のこと考えてたんだっけ)
苦悩する能力
09.04.04