私には他人に対する執着がまるでもってありません。
沢山の虚偽の下で沢山の欺瞞を持ってして、この黒く艶めく羽を賭けてもいいほど嘘だらけの人生を歩んできた私にとって、それだけが真実と言っても過言ではないでしょう。私の口からは真実よりも先に嘘が滑り出ます。そして、そんな私は他のどんなことよりまずその事実を持って他人と接するのです。それは思いではありません。あくまでも事実なので、決して揺らぐことはありません。
我々鴉の民は酷く狡猾で利己的な種族なのだと耳にしたことがあります。けれど実際はそうでもなく(あくまで私の主観ですが)鴉の民はそんなことを言われるほど嘘吐きではないと私は思っています。もしも私が耳にしたことが本当なのだとすれば、私ほどその鴉の性質を色濃く持つ者もそうそういないのかもしれません。
つまり私のこの性質を持ってしたように、私には心から大切だと思えるような他人は存在しません。皆が皆等しく、私にとっては均等な命なのです。この大陸に住まう者皆平等、そう思える私は意外と博愛主義者なのかもしれません。えぇ、嘘です。
私のこういった性質を知っている者は、まず私に近付こうとしません。どんなに表面上で親密になろうと、結局、私にとっては取るに足りない存在にしか成り得ないことを知っているからです。無駄だと知っているから近寄りません。大変ありがたい話です。
私は海に面した岩壁で、いつものように本を読んでいました。本が傷むだろうと一度ある人に言われたことがありますが、そんなことは一向に構いません。どうせ一度読めば、後は捨てるだけの本です。一度読めればそれでいいとそう思っている辺り、どうやら私には物に対する執着もあまりないようでした。
文字を追っている視界の端に、度々ふらりと自身の黒髪が映ります。私はその髪を綺麗だと思ったことはありません。これから先も、恐らく綺麗だと思うことは一生ないでしょう。
ふと気配を感じて、顔を上げてみればそこにいたのはよく見知った人でした。この国で知らない人はまずいないでしょう。我等が鴉王です。
「またそんなもん読んでるのか?」
残念ながら。
そう言った私の言葉に可愛げがなかったことは事実です。私の紡ぐ言葉に可愛げがあったことなど一度としてなかったというのに、何故か改めて私はそう思いました。
鴉王は私の前で潮風に煽られながら空に浮いていたのを、きっとそっちの方が心地良かったでしょうに、わざわざ私の隣まで移動してその腰を下ろしました。その一連の動作が流れるように美しかったのも事実です。そして、私の目が彼にずっと向いていたことも、また事実なのです。
半ば自分に強いるように、私は鴉王から目を逸らしました。そしてその目は再び紙の文字へと向けられます。何故でしょう、普段見慣れたこの文字がただ黒いだけの線の羅列に見えてしまうのは。
鴉王は私の隣で、私の髪を掬うように持ち上げました。鴉王の方を向けば、彼は悪戯染みた少し意地の悪い顔で、私を見つめていました。
「綺麗だな」
私の黒髪は、もしかすると綺麗なものだったのかもしれません。
幾つ目の嘘ですか
(いつから私は、こんなにも正直者になったのでしょう?)
09.03.08