私は物心がついたころから、孤児院にいました。
そこでの暮らしは確かに豊かなものではなかったけれど、私はそれで満足でした。ペレアスがいつも隣にいて、ペレアスはいつも私に笑いかけてくれて、それだけで私は他に何もいらなかったんです。
私には、ペレアスと同じ『しるし』があります。気付いたときにはあったから、多分、生まれたときからずっと。いつも隠していたそれを彼に知られたのは14歳のときで、たまたま彼の前で上着を脱いだことがあったのです。雨にやられてびしょ濡れになって、2人雨宿りしていたときのことでした。
ペレアスはそれを精霊と契約した証だと言います。契約だなんて、そんなことをした覚えがないことを伝えたら、じゃあきっと生まれたときからあるんだ、なんて言われました。稀に、そういうことがあるのだそうです。そういう彼は13の歳のときに契約したそうで、私は、自分の知らないところで彼がそういうことをしていたって気に入らなくて、どうして自分に何も言ってくれなかったんだろ、なんて、雨宿りの間少しだけ拗ねていました。




私たちはよく本を読んでいました。私は本を読むことが好き。だって、この孤児院の外の世界のことを、ちょっとだけ知った気持ちになれるから。孤児院にある図書室は本当に申し訳程度のもので、元々割りと読書家だった私たちは、孤児院にある本は粗方読み尽くしてしまったのですが…、ああ、あれは何歳のときでしたっけ。
本を読んでいた私たちを、母親代わりだったシスターが呼びました。――いいえ、呼ばれたのはペレアスだけでしたね。
こっそりと覗き見たところで、研究者みたいな男が一人、ペレアスに向かっていました。
まじまじと、観察するように。私はなんだかその目が気持ち悪く感じました。見られているのはあなたなのに、私ではないはずなのに、内心は酷く怖かった。まるで自分が監視されているかのような居心地の悪さでした。





そうしてその彼の話を聞けば、どうやらペレアスは、どこかの王様の子であったらしいのです。




!」
ペレアスはそのまま、その人に引き取られていくこととなりました。
そして別れのとき、貴方はわざわざ私のところまで会いに来てくれましたね。ずっと走ってきたのか、息を切らせて。
「ペレアス、どうし…」
「これ」
あまり時間はないようでした。その証拠に貴方はとても急いでいた。私の返答も待たずして、その痩せた手に握り込んだ何かを、私の手に託しました。
それは、紅い花がとてもよく映える髪飾りでした。
私が戸惑ったように顔を上げると、どうやらペレアスはもっと戸惑っているようでした。
耳を真っ赤にさせて私から目を逸らしたその表情は、なんだかとても新鮮なもののようでした。
「それ、前から溜めてたお金で買ったんだ、…良かったら」
よく見ると、ペレアスの耳はとても赤かった。私は何だか可笑しくなって、小さく笑い声を漏らしました。
「うん、大切にする。…ありがとう」
ペレアスの身なりは、既にとても立派なものになっていました。望むのならどんなものだって買い与えられただろうに、貴方はそれをしなかった。そういうところにこだわる貴方も、私、とても、好きでした。
「…いつになるか、わからないけど」
そして、私の目を真っ直ぐに見据えて貴方、こう言った。
「僕、またに会いに来るから、絶対に」




貴方がいない間、色々なことがありました。
ペレアスが王子様になっちゃって、それから私は寂しくて夜にちょっとだけ泣いたりしました。でも、ペレアスがくれた髪飾りがあったから大丈夫でした。それから、私は魔法のことについて勉強しました。独学だから、まだまだ全然なところもたくさんあるんだけどね。あ、そうそう、でも私の魔法の腕も、中々筋がいいみたいで、この前軍のひとが来ました。うん、デインのひと。ベグニオンからデインが独立して、これから一緒にやっていかないかって。私困っちゃった。国のこととか、今の政治のこととか、全然わかんないんですけどって言ったら笑われました。だって、外のことを知るのは本くらいしかなかったのだもの。
悩んで悩んで、私はその誘いを受けることにしました。そこで頑張って、頑張って、そして偉いひとになったら、ペレアスにも会えるかも!
まぁこれはちょっと冗談だけど、とりあえず私は、ペレアスが元気でいてくれたらそれでいいかな。
ああ、そうだ。私、あれから髪が伸びたんだよ。ペレアスがくれた髪飾り、宝物です。皆似合うって言ってくれるんだよ。ペレアスにも見せてあげたいな!


いつになるかわからないけど、私、ペレアスに会えるの、とっても楽しみにしています。



裏切り者の王子様
(彼女は、何も知らなかった)
09.04.07