ひとつ、あたたかい風が吹いた。
季節が巡って、また春が来たのだと理解させるその風を、私は力一杯吸い込む。その息を吐き出して、作業は再開。その景色と自分の手元にある画板とを交互に見やって、木炭をはしらせる。
ふと、背後で人の気配がしたので、私は顔を上げた。
「あ、シノン」
「ったく、すぐいなくなりやがって」
久し振りに見た彼の姿があった。シノンはグレイル団長とガトリーとオスカーと、2週間くらい前からお仕事に行っていた。帰って来たの、と言ったら、あぁ、と返ってきた。私は、この何気ない遣り取りがとても好きだ。
丁度シノンに背中を見せる形で座っていたので、私の膝の上にあった画板は彼の目に入りにくかったらしい。シノンは私が何をしているのかと、やや覗き込むように見た。
「絵、か」
「うん、絵」
シノンは葵い草を踏んで、私の隣に立った。元々小柄な私が座っているのと、立っている彼とでは目から目までの距離はとても遠い。やや陰掛かった彼の目と私の目がばっちり合って、すぐに逸らしたのは私の方だった。気恥ずかしくなったのなんて内緒だ。私の隣に立って、少し経って、シノンはその口を開いた。
「そこの木の陰、もう少し強くつけろ。全体がぼけて見える」
「あ、了解しました」
そこの手直しをしたら、次にまた指示。そうやって直していく内に、この絵が何だか絵としての完成度を増していくような気がした。いや、それで間違いがないのだ。
私は、その手直しが一段落したところで、彼に向かって言った。
「さすがだねぇ」
「当たり前だろうが」
シノンはそんな私を見下ろして、その大きな手を私の頭にのせた。
こうやってちょこちょこシノンに絵を教えて貰っているのだが(本当に彼は何でもできる)、シノンは決して私を口で褒めるようなことはしない。ただ、口で褒める代わりに私を頭を撫でる。乱暴なものだけど、私はいつもそれが嬉しかった。
私が風景に目を戻したところで、ふ、と、シノンの姿が視界の端から消えた。
帰るのかな、と思ったらそうではなく、シノンは私のすぐ後ろで腰を下ろした。
どうしたの、と言おうとしたけれど、その言葉が口から出ることもなかった。
腹の上の方に手を回され、そのままやや後ろに引っ張られる。
抱きしめられているのだと理解するのに、そんなに時間は必要なかった。
「…シノン?」
「うるせぇ」
黙ってろ、と付け足して、その後でシノンは、と私の名前を小さな声で呼んだ。
そして、彼は私の頭に顎をのせる。
この体勢じゃ絵、描けないんだけどな、なんて思ったけれど、それを言ったところで彼に受け入れてもらえるはずもないので、諦めた。その代わり、私はシノンに凭れかかるように後ろに体重をかける。
抵抗はしなかった。シノンがいなかった時間はそれなりに長いものだった。…そんな中で、もしかしたら私も寂しかったのかもしれない。
今も欠片を探してる
09.03.15
(やっと理解した。私に甘いものは書けないry)